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富士山宝永噴火300年記念 地層剥ぎ取り・地層レプリカ制作業務


撮影:江口真司氏

  • 所在地:静岡県御殿場市
  • 設立主体:静岡県御殿場市
  • 開館年度:平成19年(2007)
  • 業務範囲: 剥ぎ取り

富士山10万年の活動史における最新かつ最大級の噴火から300年、災害の教訓を後世に伝える記念事業
富士山宝永噴火は、宝永4年(1707年)12月16日に発生し、降灰などで各地に甚大な被害をもたらしました。 平成19年(2007年)12月16日は、その時からちょうど300年。
我が国の象徴的存在である富士山の歴史を学び、防災の教訓を後世に伝えるため「富士山宝永噴火300年記念事業」が御殿場市によって主催され、当社ではその一環として地層剥ぎ取り・地層レプリカ制作業務を担当させて頂きました。
噴火は1707年12月16日午前10時頃から1708年1月1日未明まで約16日間続きました。
火口から東方の地域では噴火に伴い大量の火山砂礫・火山灰が降り積もり、その厚さは麓で3m以上にもなりました。
その時の様子が克明にわかる地層を剥ぎ取ったものが下記の標本で、現在、御殿場市役所・玉穂支所に展示されております。


富士山宝永噴火堆積物の剥ぎ取り標本

御殿場市中畑 玉穂桜公園に設置された地層レプリカ

標本と共に設置されている看板の内容

これは、富士山宝永噴火300年を記念して市内中畑の地面を掘削し、噴火の堆積物を含む断面の地層を剥ぎ取って作製した標本(実物)です。
宝永4年(1707年)12月16日(新暦)の午前10時~12時頃始まった宝永の噴火は、その日の午後4時頃まで白い軽石が降り、
その後黒色のスコリアへと変化し激しい噴火が続きました。
20日には一旦静かになり、その後は小規模な噴火が断続的に続きました。
25日頃からは噴火の勢いが増しましたが、その後噴火活動が低下し、1月1日には16日間の活動が終わりました。
大量の砂降り(スコリアの降下)により、北駿地方の村々は壊滅的被害を受け廃村の危機に陥りましたが、
長年にわたる先人たちの苦労と「砂除け」の努力により村々は復興を成し遂げ、現在の地域の発展へとつながりました。
市内滝ヶ原にある桜公園には当標本の複製を盛り込んだ「富士山宝永噴火300年記念碑」が設置してあります。
また、記念碑北西300メートル付近には、噴火により埋没した住居跡(長坂遺跡)も発見されています。

採取 平成19年9月 御殿場市中畑字西沢 馬場塚
監修 独立行政法人 産業技術総合研究所 主任研究員(理学博士) 高田 亮

つくば市で行われた専門家による中間検査の風景

剥ぎ取り標本(左)と地層レプリカ(右)の製作風景

宝永噴火を最後に富士山は長い眠りに入っていますが、最近「低周波地震」が多発し、富士山が活火山であることが再認識されました。
今後は噴火予知に向けた研究が一層進むことを願ってやみません。

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